今回はSteeve Bourane, Katja Sら(2015)の論文をご紹介します。
はじめに
動物は触覚を使って物体の識別、運動の制御、社会的相互作用を行います。それには、皮膚の特殊な低閾値機械受容器(LTMs)が様々な触覚モダリティを検出しています。(例:マイスナー小体(変形)、パチニ小体(振動)など)
これまでの研究では、脊髄後角での体性感覚モダリティの中継・制御機構の理解が限定的で、皮膚からの触覚経路が下行性運動経路とどのように交差して運動と姿勢を制御するのかが不明確でした。
末梢神経系の特徴として、温度感覚・痛覚・無害な機械感覚・固有感覚の感覚経路は高度に分離され、それぞれの感覚情報は脊髄の異なる領域に投射されることは知られています。
結論
この研究では、脊髄後角の特定ニューロン集団(RORα陽性介在ニューロン)が軽い接触の感知に重要な役割を果たすことを示している。
RORα陽性介在ニューロンとは?
● RORα介在ニューロンの特徴と局在
脊髄後角のIIi/III層に局在する興奮性介在ニューロン
グルタミン酸作動性で、約90%がvGluT2を発現
2つの主要なサブタイプ:
PKCγ陽性の背側集団(IIi層)・MafA/c-Maf陽性の腹側集団(III層)
図のA-Cは、RORαCre;TauLSL‐nlslacZマウスのβ‐ガラクトシダーゼ発現
A:中枢神経系全体 B:脊髄 C:脊髄(横断図)
背根神経節(DGR)では発現がみられず、主にⅡⅰ/Ⅲ層に限局している
● 入力経路
低閾値機械受容器(LTMs)からの直接入力を受ける
皮質脊髄路と前庭脊髄路からの下降性入力を受ける
末梢からの入力: マイスナー小体・メルケル細胞・毛包受容器など
● 出力経路
運動ニューロンへの直接的な興奮性入力
V0c、V2aなどの運動前ニューロンへの入力
小脳へのフィードバック経路
● 機能的役割
軽い触覚の感知に必須
姿勢調節や歩行時の足の位置の微調整に重要
RORα介在ニューロンを除去したマウスは、軽い触覚への応答が低下・細いビーム歩行時のスリップが増加・一般的な運動機能は正常を示す
図はL4のRORαINでのA線維による電気生理学的記録の例
2Hz刺激で単シナプス性結合が確認された。短潜時‐低閾値入力を示している。
図はRORα介在ニューロンを除去した際の感覚行動への影響を示している(I〜T)
触覚関連の変化
I. 動的軽触刺激への反応 →著しい低下
J. 静的触覚(粘着テープ) →反応時間が2.5倍に延長
K. 有毛部での触覚感受性 →有意に低下
変化がなかった反応
L〜N.(機械的痛覚) O〜P.(温度感覚) Q〜R.(痒み反応) S〜T.(化学的痛み)
図はRORα介在ニューロンの運動制御への関与を示す実験結果(ビーム歩行)
A:コントロールマウス B:RORα除去マウス
C:5mmと12mm幅のビームでの足滑り回数
RORα除去マウスで後肢のミスステップが増加(5mm >12mm)
細かい運動制御(ビーム歩行)に特異的な障害、運動系への直接的な出力を持つことが示された
この神経細胞群は、触覚情報の処理と運動制御を結びつける重要な中継点として機能し、特に感覚入力の処理、運動出力の調節、姿勢制御において中心的な役割を果たす。
難しい内容でしたが、触覚処理の理解とともに、軽い接触情報を手がかりにした運動出力や姿勢制御への貢献も介入や推論の一助となりそうですね。
参考文献
Steeve Bourane, Katja S.et al. Identification of a Spinal Circuit for Light Touch and Fine Motor Control.(2015)
NEUROスタジオ東京 山岸梓