これまでの歴史の中で、「バランス」は体性感覚のトリガーに基づいて引き起こされる一連の反射であることや、中枢神経系のいくつかのバランスセンターがコントロールを担っていると考えられてきました
しかし、この単純なバランスシステムの見方は限定的で、転倒のリスクを評価・改善し、転倒を減らす能力が限られていることが知られています
姿勢制御は、複数の感覚運動プロセスの相互作用から得られる複雑な運動技能です
姿勢をコントロールするために必要な2つの機能は?
①姿勢の方向づけ
体性感覚、前庭、視覚システム収束感覚情報の解釈に基づく
②姿勢の平衡
自分で行う動作の開始や外部誘発での運動に対し、体の質量中心(COM)を安定させるための感覚運動戦略の調整
姿勢のサブシステム
姿勢システムは多くのサブコンポーネントで構成されており、姿勢制御を理解するためには、人が動作を行うときに環境と相互作用する能力の根底にある多くの生理学的システムを知ることが重要になります
図は姿勢制御に重要な6つの要因の概要です
これらの1つまたは組み合わせに障害があると姿勢が不安定になります
中央のグラフは加齢に伴うバランス障害や転倒リスクの増加を示していますが、この増加は「バランスシステム」の老化ではなく、バランスをとるために必要な要因の障害の増加によるものです
①生体力学的制約
バランスに対する最も重要な生体力学的制約は、支持面である足の大きさと質です
大きさ、強さ、可動域、痛みなどいかなる制限もバランスに影響します
またバランス制御に対する最も重要な生体力学的制約の1つは支持面に対する体の重心を制御することです図に示すように、立位では安定性の限界(支持面を動かずに重心を動かしてバランスを維持できる領域)は逆円錐形になります
よって平衡は支持面の大きさと、可動域、筋力、限界を検出する感覚情報の制限によって決まる空間となり、中枢神経系は、この安定円錐の内部表現があります
そのため中枢神経系が体の安定限界の正確な中枢表現をもつことは重要です
②運動戦略
立位でバランスをとるためには3つ主な運動戦略があります
A 足関節戦略:硬い表面に立っているときわずかな揺れ
B 股関節戦略:狭い支持面不安定な支持面重心を素早く動かす必要があるとき
C ステップ戦略:足を特定の位置に維持することが重要でない場合
これらの戦略は、外部摂動に反応して100msで引き起こされますが、個人の意図、経験、予測に基づいて戦略が選択され、反応の大きさに影響を与えることができます
③感覚戦略
しっかりとした支持面が明るい環境では体性感覚(70%) 視覚(10%) 前庭(20%)の割合で感覚情報を得ています
しかし感覚環境が変化するにつれて、各感覚への相対的な依存度を再調整する必要があります
④空間での方向づけ
重力、支持面、視覚的周囲、内部基準に対して身体部位を方向づける能力で、健康な神経系は、状況やタスクに応じて、空間内で身体がどのように方向づけられるかを自動的に変更します
⑤動的制御
歩行中や姿勢変換など動的な場面では、静止時とは異なり、重心が足の支持面内にありません
歩行中の前方姿勢の安定性は、降り出した足を落下する重心の下に置くことで得られます
また横方向の安定性は、体幹の横方向の制御と足の支持面の配置の組み合わせで得られます
⑥認知処理
姿勢制御には多くの認知資源が必要で、姿勢課題が困難であればあるほど、より多くの認知処理が必要になります
よって姿勢課題の困難さが増すにつれて、認知課題における反応時間とパフォーマンスが低下します
神経障害により認知処理が制限されていると、利用可能な認知処理の多くを姿勢制御に使う場合があり、二次的な認知課題に取り組んでいるときに姿勢を制御するための認知処理が不十分になると、転倒に繋がる場合があります
姿勢制御と転倒は状況に依存
各個人には、姿勢を制御するために利用できるシステム制約と資源の独自のセットがあるため、平衡と姿勢の方向を維持する能力は特定の状況に依存します
転倒のリスクを予測し、バランス障害のある人に適切な介入を設計するには、基礎となる生理学的システムの完全性と理解可能な代償戦略を評価することが重要です
参考文献
Fay B Horak .2006:Postural orientation and equilibrium: what do we need to know about neural control of balance to prevent falls? https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16926210
NEUROスタジオ 東京
山岸 梓